新聞の新刊広告には「なぜ生きるのか」「どう生きるのか」「60歳からの、70歳からの生き方、過ごし方」などなど、気になる文字が躍る。思わず何冊か書店で取り寄せもした。しかし、最近はそれを控えることにした。古希の坂を越え、れっきとした下り坂人生だが、「我はこう生きる」「こう愉しむ」と、発想をシフトチェンジ。これがどうもよいようだ!

 といって、生き方を考えることは日常。Webサイト美術ギャラリー「BLUE COVER」のコラムで大澤昇氏が連載している愉快に生き、愉快に死ぬはその意味でとても参考になる。臨床心理士として活躍の大澤氏が説く心身の整え方は同年代の身にはとりわけ響く。自身の体験を交えた平明で、明るく愉快な語り口。老躯の心にスッと沁み込んで来るのだ。


 そこで、私流〝愉快に生きる〟とは、迷わず〝あん脚〟和菓子の旅、となる。

 早春の或る日、五、六年ぶりに浅草寺に詣でる。愉快に生きる!〝ひとり浅草〟あん脚だ。この日もインバウンド客など相変わらずの賑わい。雷門前から人波を掻き分け掻き分けて。

 実はこの日、午前の打ち合わせが中止となり、さてさてと向かった先がココ、浅草だった。歴史と伝統の浅草寺詣り+老舗和菓子店の「味」(こっちがホンネか)、いざ!検証へ!!。

 参拝後の11時過ぎ。ランチ代わりに甘味も好いなと仲見世通りを戻る途中、右折。小路の角にある老舗『梅園』へ。もちろん今日は、満を持しての元祖「あわぜんざい」挑戦だ。二十年ほど前だったか、この店の「豆かん」にハマり、幾度か訪れたのに、なんと!惜しいことに、大本命を外していたとは、、、。神田「竹むら」の椀より一回り大きい黒椀には、黄金色のあわに黒あんの見事な組み合わせ。これは芸術だ。桜湯こそないが、合間、合間に小鉢のしその実漬けを口へ。何と絶妙な取り合わせか。至福の〝あん時〟を独り、愉しんだ。


 店を出て思い立ち、もう一軒!!久しぶりの〝浅草〟と来ればと、勇躍、向かったのは?

雷門の真向かい。そう、ココはまさに横綱級の人気店、どら焼といえばの「雷門 亀十」。

長蛇の列に並び、待つこと約50分。ようやく順番が回り、店内へ。持ち帰りだけの店舗。久しぶりの味に心弾む。存在感も半端ない数個の御物を大事に胸に抱え、帰り路を急ぐ。

急ぎオフィスに舞い戻り、仲間とともにいただく迫力ある異彩〝亀十のどら焼き〟(写真)直径12~13センチはある大ぶりの身。だが口解けがやわらかく、やさしく、ちょっと焦げた苦みがまた好い外皮と、甘さほどよい〝つぶ餡〟が見事に調和。今日は半分だけのはずが、あっという間にまるまる一個が口からお腹へ。これは、確かに!!どんな和菓子好き、和菓子自慢に訊ねてもまず一番に挙がる。店頭の「ランキング 日本一」の貼り紙も確かにナットクだ。口中、余韻が駆け巡り、消えず、、 ああ、これが『口福』ということなのだ。


よく言われるように亀十の旨さは、ふんわり、やさしく餡を包む独特の「外皮」。実感だ。そしてつぶ餡のほど良い甘さとしっとり感。大ぶり一個の満足、至福。たしかに、口福。

 久しぶりの浅草。亀十前で並ぶ途中、見るとはなしだが目に入る対面の雷門前の人力車。その車列の多さにも驚くが、行き交うクルマの列を巧みに縫っては駆ける若い車夫たちのハッピ姿とモモの白さが陽光にまばゆい。若い女性車夫も何人も。世界のASAKUSAだ。
 思いがけず、春の浅草でちょっと寄り道〝和菓子〟旅。
浅草寺ではかつてご一緒に詣でた諸氏、諸兄はいまはと、遠く旅立たれた方々を偲んだ後、念願の「あわぜんざい」に、評判「どらやき」まで、浅草の甘味をあらためて愉しんだ。


 和菓子の代表格の一つであり、若者にも子どもにもネコにだって人気の〝どら焼き〟。どの地方、どの地域にも〝どら焼き〟の名店はあり、変わらず日々営みを続けている。

都内にも阿佐ヶ谷『うさぎや』、東十条『黒松本舗草月』、京橋『桃六』などなど、訪ねても、運良く頂戴しても、いつでもなんでもうれしく、ありがたい逸品たち。新宿にも50年以上通い続ける甘味処がある。そうそう、また近々訪ねてみたくなった。

あなたの、思い出の、とっておきの〝どら焼き〟屋さんもぜひ教えてください。

                                              (つづく)

庵 日和(いおり びより)
編集者 裏まち裏通り旅人(りょにん)
北国の小さな城下町生まれ。
ラジオ・テレビ、WEBサイト等で
企画・制作・広報PRを手掛ける。
歩く・見る・浸かる・食べるを趣味
に、小さな物語を採集、編集。

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