第2章 愉快に生きるための身体技法 1 その⑶
自分を好きになり、愉快に生きるには身体からのアプローチが基本になることを述べてきた。
この第2章では、そのための具体的な身体技法について説明している。

今回も、その続き、ボディスキャンとエッセンス技法を話そう。
・ボディスキャン
人間の身体って、とても繊細で壊れやすくできているけど、だからこそ、凄くミステリアスで不思議いっぱいなんだ。
普段、私たちは身体に意識を向けるなんてことは、痛みがない限りはないよね。
それって、実はもの凄くもったいないことなんだ。
繊細でミステリアスな身体に意識を向け続けると、愉快に生きるベースが整っていく。
身体はほんわかさわやかな健康になるし、心はプチ座禅状態の静かな静かな秋の宵状態になれるってわけ。
こんなにも楽しくて有難いことはない。もちろん、意識的に生き、意識的に死ぬための基本中の基本となる。
ボディスキャンとは、文字通り身体の内部を頭のてっぺんから足の先まで、順番に感じ、スキャン(探査)していく技法だ。
主に二つの方法がある。
<ボディスキャン1>
1)頭を左右に分けて、右と左で違いがあるか? どちらかに違和感があるか感じてみる
2)額を左右に分けて、右と左で違いがあるか? どちらかに違和感があるか感じてみる
3)右目と左目を感じてみる。どちらかに違和感があるか感じてみる
4)口元を左右に分けて、右と左で違いがあるか? どちらかに違和感があるか? 感じてみる
5)首を左右に分けて、右と左で違いがあるか? どちらかに違和感があるか感じてみる
6)肩を左右に分けて、右と左で違いがあるか? どちらかに違和感があるか感じてみる
7)右腕と左腕を感じてみる。 どちらかに違和感があるか感じてみる
8)胸の内部を左右に分けて、右と左で違いがあるか? どちらかに違和感があるか感じてみる
9)お腹の内部を左右に分けて、右と左で違いがあるか? どちらかに違和感があるか感じてみる
10)お尻が椅子や床に着いている左右の部分を感じてみる。どちらかに違和感があるか感じてみる
11)右足と左足を感じてみる。 どちらかに違和感があるか感じてみる
12)足の裏を感じてみる。どちらかに違和感があるか感じてみる
13)最後に、頭から足まで全体を感じてみて、一番違和感があるところを探す
14)その違和感がある部分を意識的にていねいに感じる
左右の違いを感じるだけで、自然と身体は調整機能を働かせてくれるのだから不思議だね。
たとえば、左肩に比べて右肩が凝っているな、緊張しているな、肩の高さが違うな、と気づいたら
右肩にやさしく意識を注ぐだけで、少しずつ右肩の緊張は取れていくし、肩の高さも整っていく。
意識を向けるだけ自然とでそうなるなんて、何とも身体はミステリアスだね。
身体全部を一通りスキャンしたあと、一番違和感がある部分を意識的にていねいに感じることで、
全身が整っていくというわけ。ほとんど努力はいらないよね。
ただひたすらに左右の違いを感じるだけで身体が整っていく。
身体のミステリアスな能力を使わないのは実にもったいない。

<ボディスキャン2>
こちらは、足のつま先から頭のてっぺんまで、順番に身体の各部分に注意を集中していく方法だ。
その際、その部分から息が入りその部分から息が出ていく、というイメージを作る。
あたかもその部分で呼吸をしているかのように呼吸を辿っていくのがポイントだ。
その感触が得られたら次の場所に移動していく。
慣れるまで、少し時間はかかるが、効果は絶大だ。
1)仰向けになり、静かに目を閉じる(眠いときは目を開けて)。
2)呼吸に応じて、腹部が上下するのを感じる。
3)足の先から頭のてっぺんまで、身体がひとつになり、皮膚が包んでいるイメージをつくる。
身体が触れている部分の感触を感じとる。
4)左足のつま先に注意を集中する。つま先に向けて呼吸する。
つま先で呼吸している感じになる(感じられなくてもよい)。
5)つま先まで届くように深く呼吸をし、吐き出すときに、意識をつま先から放す。
2~3回、呼吸に注意を集中して後、そこで呼吸しているという感覚ができたら、次の場所に移る。
<ボディスキャンの順番>
①左足のつま先から足裏、かかと、足の甲、足首、ふくらはぎ、膝、太腿、足の付け根、下腹部へ。
②右足のつま先から足裏、かかと、足の甲、足首、ふくらはぎ、膝、太腿、足の付け根、下腹部へ。
③下腹部から丹田、腰、腹部、背中、胸、肩へ。
④両手の指先、両腕、両肩へ。
⑤首、のど、顔全体、後頭部、頭頂へ
6)全身をスキャンし、身体全体がひとつになった感覚のまま静かにしている。
7)再度、身体全体がひとつになった感覚に意識を戻し、その感覚が持続していることを確認してから
手や足先を動かし、手で顔を左右に揺り動かしながらマッサージする。
8)目を開ける。
慣れてきたら、頭のてっぺんから入った空気が身体全体をとおって、つま先から出て行き、
今度はつま先から入った空気が頭の先から出て行く。
身体全体で呼吸をしているイメージをつくる。
身体のその部分や全体が感じている感覚を感じ取り、そこに意識をとどめることで、
次のような効果が得られる。
・注意を集中するトレーニングになる。
・今という瞬間に自分の身体は一つであるという実感を得る。
・ひとつの場所で感じ取った感覚に関連して生じてきた思いや内的なイメージを解き放つことで、
その筋肉にたまっていた緊張感が解放される。
このボディスキャンの元になったのがヴィパサナという瞑想法だ。
仏教の瞑想法には止観という二つのメソッドがある。
止の瞑想とは何かに意識を集中するメソッド。
ろうそくの光とか、曼陀羅の図とか、マントラという聖なる音とかに、
ただただひたすらに集中することで、余計な雑念から解放されるという瞑想法だね。
日本に伝わっている大乗仏教の瞑想法はこのタイプ。
それに対して、
観の瞑想とは集中ではなく、気づいてひたすら観察する瞑想法なので、
これまで述べてきた意識的に生き、意識的に死ぬテーマと共通するメソッドだ。
ヴィパサナとは、文字通り「観」のこと。あらゆることをひたすら観察する。
私とは「悩む人」ではなく「悩みを観察する人」の仏教版(というより、こちらが本家本元)だ。
3年ほど前、私は10日間のヴィパサナ瞑想会なる合宿に参加した。何をするのか?
どんな気づきのメソッドなのか? 座禅とどう違うのか?
全く知らずに参加した私はけっこうぶっとんだ。
それというのも、10日間、ひたすらボディスキャンの変形パターンを手を変え足を変え、
繰り返し続けたからだ。一日10時間は座って身体の各部分を感じ続ける。
座禅よりもたやすいとはいえ、何しろ途中から途轍もなく足が痛くなる。
どんな座り方でもOKという緩い会だったけど、さすがに10時間10日間はしんどい。
それにこの間一切誰とも喋ってはダメ。スマホも本もノートもダメ。
座っていない時もひたすら内面を見つめることがルールだった。
これは何ともまあ、プチ出家だよね。
おもろいのは途中リタイアしたのは100パーセント男性。それも瞑想が苦痛なのではなく、
孤独と足が痛いのが耐えられないが故の脱落だった。情けないね、ある意味。
女性は強いな、偉いな、勝てないな、としみじみ感じた次第だ。
痛みに耐えながらも1週間が過ぎたあたりから、あらまあ摩訶不思議?
身体中にズンズンズンとエネルギーが流れるのがビシバシと感じ取れてきた。
そうなれば、ナンタルチアしめたもの。座るのが苦痛どころか、大いなる楽しみになってきたんだ。
「流れる身体、流れる心」というのが私の昔からの理想の人間観だったけど、
初めてその深いテーマが身体ごと実感できたともいえる。実に嬉しかった、愉快だった。
何ともほのぼのとしたプチ悟り体験だったと言える。
しかし、俗世間に戻ってもこの感覚がずっと持続というわけにはいかなかったのが残念・無念だったけど。
まあ、それは仕方ないだろう。たった10日間のプチ出家、修行体験だったからね。
ちなみに、この瞑想会は日本ヴィパサナ協会なる団体が主催しているけれど、一切怪しいカルト的な要素はない。
普通の南伝仏教(タイやベトナムを通じて伝わった。小乗とも言われる)だからね。
何よりも10日間の宿泊、食事代がお布施=寄付によっている。
つまりお金のない人はただで参加できるというありがたやシステムだから、偉いといえば偉い。
そう言えば、あの「サピエンス全史」で有名なハラリさんも、毎日朝夕の1時間2回、この瞑想法を実践していると著書に書いてある。
意識的に身体の微細なエネルギーへの気づきを極めたい人にはお勧めだ。
特に痛みと孤独に強い女性は向いているかも。
・エッセンス気功法
エネルギーの流れを感じ、自分と宇宙の一体感を感じる技法としては、何と言っても中国の気功があげられる。
「気」とは生命エネルギー、「功」とは働くという意味。
生命エネルギーを自由自在に働かせることで、自己免疫力や自然治癒力を高める健康法+医学だね。
気功はもちろん仏教よりも古く、数千年前に中国で伝統医学の一つとして発祥した。
言わばあらゆる身体技法、ボディワーク、スピリチュアルの原点とも言える。
気功法には何百という流派があるといわれ、それぞれがオリジナルのメソッドを持っている。
しかし、私が経験した中で、一番簡単でいつでも誰にでもでき、しかも効果があることを体感できたのが、
スワイショウ(両手ふり体操)というシンプルな気功法だ。
気功のエッセンスを抽出した基本中の基本だ。
1)現在の感情や緊張度を0~10で数値化する(10が最悪)
2)肩幅に足を開いて立ち、肩の力を抜き両手はだらんと下げる、
3)息を吐きながら両手を同時に前に振る(地面と平行になる位置ぐらいまで「前にならえ」の要領で)
4)その際、イライラ、怒り、不安などの感情(気功では邪気と呼ぶ)が、
手の先端から宇宙の彼方にまで飛んでいくようイメージする
5)前に振った手を手の平を下にして息を吸いながら元に戻す(手の重みで自然に落ちる感じで)
6)リズムよく前後に腕を振ることを繰り返す。「1,2」とリズムを取りながら実施するとさらによい
7)15分から20分は続ける(飽きる場合は、音楽を聞きながら、テレビを見ながら、でもよい)
8)再度感情や緊張度を0~10で数値化する

気功法には何百という流派やメソッドがあるが、そのエッセンスが体得できるのがこの方法なんだ。
すごくシンプルなこの方法だけでも毎日15分から20分続ければ、ストレスの対処法になるだけでなく、
座禅と同様に心を静かにしてくれる効果もある。
そして愉快な行き方にも自然と繋がっていく。
私がカウンセリングを実施している5年制の高等専門学校(高専)の学生には、
いわゆるアスペルガー症候群の学生が結構いる。頭は良いけど、コミュニケーションが苦手で対人関係が築けない。
カウンセリングに来てもほとんど何もしゃべれない学生も結構いる。
そんな学生は、身体も緊張していて表情も硬い。
「自然に話したくなるまで無理に話さなくていいよ」と安心感を共有したうえで、
このスワイショウを体験してもらうと、10分もすると緊張が緩み、表情にも血が通ってくる。
一人で苦痛や不安を抱え込んできた苦しみからやっとこさ少しだけ解放された感触が伝わってくる。
そのためには身体とイメージからのアプローチがどうしても必要だと実感させられた次第だ。

筆者 大澤 昇 プロフィール
日本産業カウンセラー協会認定シニア産業カウンセラー・臨床心理士。
1971年 早稲田大学卒業、2004年 目白大学大学院修了後、企業内カウンセラーや学生相談室カウンセラー、また大学講師として様々な経歴を持つ。
現場で培った経験を活かし、メンタルヘルス講師や、教育カウンセリング講師、大学の非常勤講師として活躍中。
また数多くの論文・著書を発表しており『やすらぎのスペース・セラピー 心と体の痛みがあなたを成長させる』『心理臨床実習』『トラウマを成長につなげる技術』等の著書がある。