第2章 愉快に生きるための身体技法 1 その⑷
自分を好きになり、愉快に生きるには身体からのアプローチが基本になることを述べてきた。
この第2章では、そのための具体的な身体技法について説明している。

今回も、その続き。
大切な姿勢のことと、さらに自己催眠、自律訓練法の技法について話そう。
・姿勢が大切
愉快に生きるには姿勢が多いに関係する。
うつの相談に来る人で背筋が伸びて胸を開いてる人はいない。
うつむいて背中を丸めて胸は閉じている。まるで世界を身体全身で拒絶している、
あるいは脅威の世界から必死に身を守ろうとしているかのようだ。
思い切り笑うことが愉快に生きるための智慧だと述べてきたけど、
こんなうつむいた姿勢で馬鹿笑いすることは不可能だ。
馬鹿笑いしようとすることで、自然と胸は開き、背筋はビシッと伸び、深い呼吸となるだろう。
そうなれば気分までもがほんわか変化してくる可能性が高い、不思議だね。
例えば、以下のワークを試してみよう。
<うつむいた姿勢>
最近の嫌な出来事をイメージする。どんな気持ち、どんな思いが湧いてくるか? を観察しよう
最近の楽しかったことをイメージする。どんな気持ち、どんな思いが湧いてくるか? を観察しよう
<背筋を伸ばして胸を開く>
先ほどと同じ、最近の嫌な出来事をイメージする。どんな気持ち、どんな思いが湧いてくるか? を観察しよう
このワークをすると、同じイメージを浮かべても、全く違う感情と思いが湧いてくるのが良く分かる。
うつむいた姿勢だと、嫌なイメージは益々嫌な感じが増し、楽しいイメージでもそんなに心が躍らない。
ところが背筋を伸ばして胸を開いての姿勢だと、同じ嫌なイメージを浮かべてもそれほど嫌な気分は拡がらず、
むしろ「どうでもいいや」という柔軟な考え、気分が出てくる。
楽しいイメージでは、楽しさが拡がって心が躍るほんわり感覚に包まれる。
姿勢でこんなにも気分が左右されるとは? 何とも摩訶不思議だね、人間というあやふやな存在は。
高校生の就職や進学の面接指導で、このワークを実践してもらって、
姿勢の大切さを実感してもらった上で、面接トレーニングをすると、効果が実感しやすい。
自信のない学生が多いので、そこはそれ、姿勢+自信のある振りをする「ふりふり主義」をするのも必要となる。
・自己催眠
催眠というと、怪しげで神秘的、あぶないイメージもあるが、実際はとても簡単で、
安全で、効果の高いリラクセーション法、愉快に生きるベースにもなる方法だ。
テレビでよく登場するような催眠術のイメージで、自分がなくなる、コントロールされる、
変にされてしまう、というようなイメージを持っている人も多いと思う。でも、大丈夫。
そんなシーンはテレビの催眠ショーだけの世界。
「あなたは私を好きになる」とか「あなたは服を脱いでしまう」なんて暗示は、
本人が望んでない限り効かないから、平気の平左だよ、安心して。
ただし、本人の潜在意識にその気があるなら話は別だからややこしい。
暗示が効いてしまう可能性がある。きれいな裸を見せたい、この人と永遠の恋をしたい、
気ままなセックスを楽しみたい、なんて妄想だって、ある意味とても自然な人間的欲望だからね。
しかし、実際の催眠は、別に魔術ではないし、怪しげな催眠術師も必要ない、
誰でも入ることができるし誰でも誘導することもできる、普通の科学的でもあるリラクセーション法の一つだ。
しかし、ちまたにはヒプノセラピーや前世療法などと銘うって法外なお金を取る怪しい催眠療法も多いので、ご用心。
値段が普通のセラピーと同じぐらい(東京だと平均1万円)ならまだしも、
2万以上のものは、まず怪しいと思って間違いはないので気をつけよう。
催眠療法とは、暗示誘導によって意識が深化した催眠性トランス状態を作り出すことで、治療に役立てる方法だ。
この状態自体が非常にリラックスした状態で、イメージや暗示に反応しやすので、
治療に利用できるんだね。たとえば、催眠に入ること自体でもリラックスした状態だが、
そのうえに催眠下で、美しい景色をイメージして「とても気持ちがよい。とても愉快だ」と暗示すると、
さらに深いリラックス状態に入り、不安やイライラが軽減する。
緊張・不安とリラックスは共存できないので、深いリラックス状態に入れば、
自然と不安や緊張、イライラは緩和されるのだ。
自分で自分を催眠状態に誘導する自己催眠はいちばん安全で有効なリラクセーション法ともいえるんだね。
・自律訓練法
催眠のエッセンスだけを取り出して、愉快に生きるのに応用できるようアレンジしたのが自律訓練法だ。
自律神経のバランスを整えられるので、この名前が付けられている。
誰でも簡単に安全にできるので、カウンセリングやセラピーでいちばん使用されているリラクセーション法が、この自律訓練法なんだ。
催眠中のリラックス状態を体験者に聞くと、おおよそ身体の重い感じや温かい感じに包まれて身体も気持ちもふんわりした良い体験をしていたという。
そこで、自律訓練法では、この状態を意識的に作り出すことで、効果的なリラックス状態を自ら簡単に作れるようトレーニングしていくんだね。
自律訓練法をガイド通りきちん実施すると、けっこう時間がかかるし、効果がすぐにあらわれにくい。

ここでは私が体験した中で、一番簡単だけど、一番効果が出る簡易版を紹介する。
1)簡単な筋弛緩法をして身体の緊張を緩める(肩をおもいきり耳まで上げて力を入れ10回ほど繰り返す)
2)口をポカンと開け、首を前後左右、気持ちの良い方向にぐるぐる回して、特に首の緊張を緩める
3)腹式呼吸法を1~2分して気持ちを鎮める
4)両手を膝の上に乗せ、意識をぼんやりと両手の平と足の裏に向ける
5)「気持ちがとても落ち着いている。両腕、両足が重くて温かい」と3~5分、心の中で唱える
6) 唱えるのを止めてしばらくリラックスする
7) 握りこぶしを握ったり開いたりを5回繰り返す解消動作をして、元に戻る
1回5分ほどでOKなので、1日3回は練習する。1週間ぐらい続けると、
実際両腕と両足になんとなく重い感じと温かい感じが出てくる。どちらかだけでもOKだ。
自律訓練法と相性がよく、さらに深い段階に進みたい場合、重感、温感の次のステップに進むとよい。

自己催眠とはいえ、意識が深いレベルまで到達しているので、自己暗示が効果的だ。
「何があっても大丈夫。愉快、愉快」「どんなストレスも笑い飛ばすぞ。すべては諸行無常だもんね」
など、自分に今必要な勇気づけのセリフを微笑みながらつぶやくのがよろしい。
また、イメージ力も賦活しやすいので、ほっとする風景や小さい頃の懐かしいシーンをイメージすることで、深いリラックス=愉快体験が実感できるはずだ。
私は相談者とのカウンセリングの最後に、必ず自律訓練法かマインドフルネス瞑想(後に詳述)+自己暗示おまじない法を教え、
次回までのホームワークとして毎日10分間は続けるよう促している。
一か月ほどホームワークを続けてきた相談者は、だいたい悩みやストレスがどうでもいいや状態になっていく。
問題は何一つ変わらず解決もしていないのに、不思議だね。
深いリラックス状態+おまじない効果は馬鹿にできないぞ。

筆者 大澤 昇 プロフィール
日本産業カウンセラー協会認定シニア産業カウンセラー・臨床心理士。
1971年 早稲田大学卒業、2004年 目白大学大学院修了後、企業内カウンセラーや学生相談室カウンセラー、また大学講師として様々な経歴を持つ。
現場で培った経験を活かし、メンタルヘルス講師や、教育カウンセリング講師、大学の非常勤講師として活躍中。
また数多くの論文・著書を発表しており『やすらぎのスペース・セラピー 心と体の痛みがあなたを成長させる』『心理臨床実習』『トラウマを成長につなげる技術』等の著書がある。