その1<フォーカシング>

ここまで、愉快に生きるための背景、必要性、哲学や思想、健康維持のために自身でできる実践方法について述べてきた。

この章では、実践法の応用編として、カウンセリングで使われるユニークで愉快な心理療法について述べてみよう。特に身体やイメージに焦点を当てる方法だ。一人でも実践できるし、カウンセラーに手伝ってもらうのもありだ。

 流れる身体、リズム運動としての身体を感じることで、愉快に生きるベースができるからだね。カウンセリングは心理療法なのだから、ほとんどが心に焦点をあて柔軟な流れる心の在り様を目指している。しかし、心からだけのアプローチでは何だか一時しのぎで、機能しない症状や満足しない相談者も結構いる。なので、カウンセリングの流れとしては、一方で、むしろ身体やイメージに焦点を当てることで流れる心身を目指すノウハウの蓄積がずっとあった。身体感覚やイメージを駆使するユニークで愉快な心理療法がたくさん存在するから、人間捨てたもんじゃない。

 ここでは、私が体験して効果が感じられた、愉快に生きるためのさまざまな智慧、技法を紹介しよう。どのメソッドが自分に合うかは、身体に聴くのが一番だ。身体が気持ちよく気分も愉快になれるのが何よりの基準なり、だからね。

 身体を意識したり、動かしたりすることで心にアプローチする技法は、東洋・西洋を含め数多くあるけれど、心理療法として使用されている技法としては、身体感覚に焦点を当てるフォーカシングが最も普及している。フォーカシングとは身体感覚に焦点を当てること。哲学者でもあるジェンドリン(1969)によって開発された技法で、自分の内側の感情以前、言葉以前のなんだか漠然としているが意味のありそうな身体感覚(フェルトセンスと呼ぶ)に触れ、その意味が明らかになってくるプロセスのこととされる。何だか難しそうな定義だけど、やってみるとどうってことない。至極簡単だし、しかも効果がすぐに感じられるので感激ものだ。

 具体的には、ある問題についての身体感覚を探っていき、その身体感覚にぴったりとするイメージや言葉を明確化し、その感じとともに一緒にいること。また、身体感覚を通じて、問題との間に適度な距離を置くことで、本来の自分に触れているという感覚をつかむことが可能になるのだ。

 ちなみに、ジェンドリンによれば、カウンセリングが成功するには、相談者が自分の内面=身体感覚(フェルトセンス)に触れることが絶対的な条件だという。事柄や外面ばかり話し続ける相談者はカウンセリングが機能しない、とまでおっしゃる。身体を含めた内面に触れる必要は、ここまで述べてきた愉快に生きるためのベースにも繋がっているよね。

<フォーカシング・基礎ミニワーク>

  1. 深呼吸をした後に目をつぶりリラックスする
  2. お尻と椅子が触れている感触に注意を向けてみる
    足の裏と床が触れている感触に注意を向けてみる
  3. 身体の上半身の内部を感じてみる
  4. 苦手な人をイメージし、身体の上半身の内部のどこがどう感じるかを感じてみる
  5. 好きな人をイメージし、身体の上半身の内部のどこがどう感じるかを感じてみる
  6. 好きなシーン(海や山などの景色や幸せを感じたシーン)をイメージし、身体の上半身の内部のどこがどう感じるかを感じてみる
  7. 苦手な人と好きな人とで身体の内部の感じがどう違うかを感じる

 このミニトレーニングを続けていると、身体感覚に敏感になり、気分や思考との距離が自然ととれてくる。これだけでも、ストレスを感じた時に意識が身体に向くので激しい感情に巻き込まれないスタンスができてくる。不安やイライラを感じた時に、ともかく身体の内部を感じてみよう。そして、その感じと友達のようにしばらく一緒にいてみよう。思考や感情と程よい距離が取れるので、何だかふわっとした心地よい感触に包まれるだろう。

 私は難しい相談者、特に境界性人格障害タイプ、クレーマー気味の相談者とカウンセリングする際には、常に身体の内部の感覚を感じながら応答している。感情の波が激しく時にイライラや怒りをこちらにぶつけてくることが症状の相談者にたいしては、常に揺るがない冷静な態度が必要になる。そのために私は身体感覚を感じながら応答することで、感情に巻き込まれない暖かい姿勢で接することが辛うじて可能になる。そんな、どんな感情の嵐にもたじろがないカウンンセラーの態度をモデルにして、相談者もだんだんと落ち着いてくる可能性が高いんだね(もちろん、上手くいかないこともあるけど)。

 フォーカシングでは、このように問題や自分の感情と適度なスペース(間)をとることが自然と可能になる。フォーカシングでは、問題と自分が近すぎて一体化し、問題に呑み込まれている状態を[同一化]、「私はここ」「問題はそこ」というように、問題と適度な「間」をとることを[脱同一化]と定義している(そのためのワークは前述)。

 現在、間を取る(クリアリング・ア・スペース法という)メソッドはさまざまにアレンジされているが、共通なプロセスとしては、以下のように進むことが一般的である。

  1. 気がかりなことを一つずつ身体で感じ味わう。
  2. その身体の感じを手掛かりに、イメ-ジでその感じを自分の身体の外に出す。
  3. すべての気がかりを外に出した後の身体のいい感じを味わう。

 不登校の子供に「あなたが嫌なのは、学校に行けないことですか、それとも登校しようとするときに感じるとても嫌な感じですか」と問うと、後者が多いという。学校に行けないという問題の内容よりも、問題にまつわる苦しさが問題の核ということになる。トラウマに関しても、過去のトラウマの内容よりも、現在トラウマが喚起された際のどうしようもない苦慮感を扱うべき、という考え方だね。嫌な感じへの身体からのアプローチが必要な由縁だ。もちろん、愉快に生きるためのベースともなるメソッドだよね。

・心の整理法
 前述したフォーカシングをアレンジしたのが、増井武士さんが開発した、自分の感情や思いと間をとる「心の整理法」だ。さまざまな悩みが重なりあって、混乱したり圧倒されたりしているときには特に効果があるので、ぜひ試してほしい。イメージとユーモアを使用するので、楽しみながら実施するとよろしい。

  1. 自分の中に問題がいくつあるか数え上げる
  2. それぞれにユニークな名前を付ける(たとえば、上司のことで悩んでいて、その上司がライオンに似ていれば「ライオン」の問題というように、ネーミングを工夫する)
  3. 一番軽い問題を頭に浮かべ、身体の内部の感覚を感じてみる(フォーカシング)
  4. その感じに「分かったよ。この問題を思い浮かべるとこんな身体の感じがあるね」と声をかける
  5. その身体の感じをしばらく丁寧に味わう
  6. 胸の前に両手を差し出して、その問題を身体の感じと一緒に手の平の上にイメージで載せる
  7. その問題を何かぴったりするもので包むなりしまうかする(壷や引出し、風呂敷など)
  8. それを自分の外のどこか収まりのいい場所に置く。場合によっては遠くに投げてよい
  9. 次に軽い問題を取り上げ、③から⑧の作業をする
  10. すべての問題を収まりのいい場所に置けたら、なにも気になるものがない身体の内部を感じる
  11. そんな自分と置かれた問題を、少し離れた場所から客観的に眺めてみる
  12. そんな自分になにかアドバイスしたいことがあったら声をかける

 複雑怪奇にこんがらがってしまった心を整理し解きほぐすのには、もってこいのメソッドだ。イメージを駆使して楽しみながら実施するとよろしい。

 ・壷イメージ法
 心の整理法と同じように、イメージ療法の立場から、問題を身体の外に出すことで間をとる技法を工夫したのが、田嶌誠一さんによる「壷イメージ法」だ。この方法は、心の中のことが入っているいくつかの壷、または壷のような入れ物をイメージし、その中に入って中の感じを味わったり、出たりを次々と試みるユニークで愉快な技法だ。

  1. リラックスする
  2. 心の中のことが入っているいくつかの壷、または壷のような入れ物が浮かんでくると思って待つ。壷の数や形はさまざまでよい。花瓶、ランプ、竹筒などでもOK
  3. イメージに浮かんだ壷の中にちょっとだけ入り、その中での感じをちょっとだけ味わう。そしてすぐに外に出て、壷にふたをする。次々と壺に入り、少しだけ味わって蓋をする
  4. ちょっと感じた結果に基づいて壷に居心地のよい順番をつける
  5. 長く入れそうな壷を選び、居心地のよい順番から、中に入る。今度は受容的・探索的構えで十分に中の感じを味わう
  6. もうこれで十分と感じたら、外へ出て壷にふたをする。壷との距離が十分とれているか確認する。近すぎる場合は、もっと距離をとる
  7. 次の壷に入り、同様のプロセスを実施する。全部終わったら終了にする

「壷イメージ法」の良い点は、壷という容器があるおかげで安全が確保されている点だ。その中が危なそうだったら入らなくてもよいし、蓋をしておけるので危険にさらされる心配がない。必要な距離をとることが壷のイメージで可能になっているのだね。
 大丈夫と思われた壷の中でなら、自分にとって不快なものでも十分に味わい受け入れることが可能になる。愉快に生きるためには、不愉快に直面して受け入れる必要もあるが、そのためのノウハウとして、壺が重要なメタファになる。イメージ力豊かな人には効果が高いだろう。

筆者 大澤 昇 プロフィール
日本産業カウンセラー協会認定シニア産業カウンセラー・臨床心理士。
1971年 早稲田大学卒業、2004年 目白大学大学院修了後、企業内カウンセラーや
学生相談室カウンセラー、また大学講師として様々な経歴を持つ。
現場で培った経験を活かし、メンタルヘルス講師や、教育カウンセリング講師、大学の非常勤講師として活躍中。
また数多くの論文・著書を発表しており『やすらぎのスペース・セラピー 心と体の痛みがあなたを成長させる』『心理臨床実習』『トラウマを成長につなげる技術』等の著書がある。

 

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