「逆説志向」とは、その本人が不安に思うことや恐れを抱くことを、自ら積極的に望んでみたり、行なったりすることだ。つまり「そうなってほしくない症状」を、逆に「もっとそうなれ」とユーモアをもってあえて望む(志向する)ことで、症状が軽くなる不思議な不思議な心理療法だ。不安や恐れから人は逃げたいものだけど、逃げるのではなく、むしろ不安や恐れの中に飛び込みくぐり抜けていくといった愉快で勇敢なイメージセラピーだね。

 例えば、人前で話す時にどうしても緊張してしまう人のケースを考えてみよう。聴衆を前にして話すことやプレゼンに苦手意識を持っている人はけっこう多いよね。会議やプレゼンで、あるいは結婚式のスピーチの場面で、人の前に立ち「緊張しないよう、しないように」と思っていても、顔が赤くなったり手が震えてきたり汗が流れてきたりする。緊張は自分の意志とは無関係に起きてくる生理現象であり、なかなか克服できないから厄介だね。

 この時、心では「緊張しないよう、しないよう」と緊張を抑えようと努力しているが、身体は逆にどんどん緊張していく。緊張状態では、「やばい。何とかしなくては」という心理的な葛藤がますます緊張を加速させるので、覚えていることを全て忘れてしまうような、パニックで頭が真っ白になる状態まで起きてしまう。そこで「逆説志向」では、「緊張しないように」ではなく、「もっと緊張しろ、もっと緊張してやれ」と、自分が恐れている状況を自ら望む(志向する)ようにする。さらに、避けたい状況を自己指示する時に、ユーモアを絡めるのが「逆説志向」の大きなポイントだ。なかなか愉快だね。例えば、「よし、今日のプレゼンで私は世界で一番緊張してみせるぞ。顔を真っ赤しにしてぶるぶる手を震わせてみんな大笑いさせてやるぞ」といった風にだ。

 私が経験した逆説療法の成功例では、パニック障害だけでなく、書痙(局所性ジストニア)という症状のある相談者の事例がある。彼は50代のエリートサラリーマンだったが、ある日親友が突然亡くなり、その方のお葬式の際に会送の受付で筆で自分の名前を書こうとしたら、突然手が震えて字が書けなくなってしまったという。それ以来、自分の名前を書こうとすると手が震えて、まともに書けない状態が続いて、カウンセリングに訪れたのだ。

 私はセオリー通り、「3分間、わざともっと手を震えさせて、もっと汚い滅茶苦茶な字で名前を書いてください」と指示した。そして、その後3分間自律訓練法をしてもらい、また次の3分間滅茶苦茶な字を書く。また3分間自律訓練法、また3分間滅茶苦茶な字、と50分間繰り返してもらった。この逆説療法を3回にわたり実施した所、彼の書痙はきれいさっぱりなくなった。なかなかに、ミステリアスで愉快なセッションだった。このメソッドは吃音(いわゆる、どもり症状)にも効果がある。3分間、わざとどもってもらい、次の3分間自律訓練法を実施。このパターンをずっと繰り返すことで、段々と吃音が弱まっていく。愉快だね。

睡眠障害といわずとも、夜眠ろうとして眠れない経験を多くの人がもっている

 私もその一人だった。過去に起きた嫌なことや昼に職場で言われた嫌味や明日の重要な会議を思い浮かべて「うまくいくか」と不安になり、人は眠れなくなる。眠ろうと思えば思うほど眠れなくなるのは多くの人が経験するジレンマだろう。眠ろうとする自分に意識が向きすぎる「過剰な自己観察」のために余計に睡眠が遠のいていく。そこでフランクルは、眠れない夜は眠ることを諦めるように勧めるのだ。

「今夜はちっとも眠りたくない、ひとつ今夜は体を休ませながら、あれやこれやを考えてみたい。この前の休暇のことや、つぎの休暇のことをなど」。本来であれば避けたい眠れない状況を、ユーモアをもって自ら望むことによって逆に睡眠を求める過剰な意識が薄れて自然と眠りが訪れるというのだ。私も「眠れないのは絶好のチャンスだから、自分の自動思考をとことん観察してやろう」と思い定めることでいつの間にか眠っていた、という逆説療法のアプローチが功を奏して、不眠傾向から解放された。

<思いを展開させる瞑想法>
究極の逆説志向の瞑想法は思いを見つめるだけでなく、展開させる技法だ。

  1. 椅子に座るか、横たわる
  2. 自分の目の前に思いを入れるスペースがあるとイメージする
  3. 思いや感情が湧いてきたら、それらを身体から出し、目の前のスペースに置くようイメージする
  4. 思いや感情に「どんどん好きなだけ拡がっていいよ」とやさしく声をかけ、展開を促していく
  5. 思いや感情がどう展開するかをやさしく見守る

 不思議なことに、意識的に「どんどん好きなだけ拡がっていいよ」と展開を促すと、思いや感情は拡がらないで、むしろ静かになる。思いや感情をストップさせたり、鎮めようとすると却って暴れる、というパラドックスが生じるのだね。やはり、思いや感情は評価しないで認めてもらえると収まるところに収まるのだろう。

(つづく)

筆者 大澤 昇 プロフィール
日本産業カウンセラー協会認定シニア産業カウンセラー・臨床心理士。
1971年 早稲田大学卒業、2004年 目白大学大学院修了後、企業内カウンセラーや学生相談室カウンセラー、また大学講師として様々な経歴を持つ。
現場で培った経験を活かし、メンタルヘルス講師や、教育カウンセリング講師、大学の非常勤講師として活躍中。
また数多くの論文・著書を発表しており『やすらぎのスペース・セラピー 心と体の痛みがあなたを成長させる』『心理臨床実習』『トラウマを成長につなげる技術』等の著書がある。

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