「愉快に生き、愉快に死ぬ」という、のほほんとしたテーマがぼんやり見えてきたのには、実はその前に深く深く思い悩み苦しんだ体験があったからだ。いくら「ふりふり主義」で性格が多少ポジティブになったとはいえ、やはり、そんなに能天気にはいかなかったのだね、実際のところ(生きていくのは、誰でもいつでもつくづく大変だね、やれやれ)。なんと7年前に前立腺がん、3年前に皮膚がんに罹患し(よほど悪行を積んだからか?笑)、放射線治療と手術で何とか生き延びてきた。幸い悪運が強く、死に至る病ではなく回復したが、嫌というほど時間があったので、否応なく死について考えざるを得なかった。

 せっかくのチャンスだから死の哲学でも打ち立てようと意気込んだものの、痛みで夜眠れないと、死に対する不安やら何とも言いようのないどんよりとした気分やらに襲われ、死について考えようなんて意欲は見事に吹っ飛んでしまった。痛みや死への不安や感情に巻き込まれず翻弄されない、静かでほんのりとした精神を何としてでも保っていないと、とても愉快でい続けることは難しいと実感したのだ。

 そこで、藁をもつかむ勢いで見つけたのが、破れかぶれの笑いセラピー(転んでもただでは起きぬ根性?だけは褒めて遣わしたい)なるもの。どうしようもない不安とイライラの荒海をもがきにもがいて辿り着いたのが、この笑いの効用だった。そしてその体験が、「愉快に生き、愉快に死ぬ」テーマに繋がっていったのだから、人生なかなかにしみじみおもろい。

 痛みといやーな気分で眠れない日が続いて、疲れ切った、酔生夢死のような状態のまま、ある深夜、突然現実とは違う、今まで体験したことのない異次元の摩訶不思議なリアリティ状態に陥った。どこまでも深く暗い深淵に落ち込んで、どうあがいても身動きができない恐怖状態。「やばい。このままでは間違いなく気が狂ってしまう」という実感があり、恐怖におののいた。それでもまだ、どこかに冷静な客観的な理性がかろうじて残っていたのか? もしかしたら、これは今までの自分が身に着けたリラクセーション法を試す絶好のチャンスと受け取ったのだから、偉いといえば偉い。「お主なかなかやるな」と今にして思う。

 そして、今まで自分で試して効果があり、リラクセーション講座でも教えてきたリラクセーション法を次から次と手あたり次第試してみた。呼吸法、自律訓練法、漸進的筋弛緩法、瞑想、ヨーガ、マインドフルネス、フォーカシング、ゲシュタルト療法、プロセス志向心理学などなどバタバタバタバタ。なにせ切羽詰まっていたのだ。しかし、悔しいことにすべての方法がたいした効果がなかった。静かな狂気がだんだんと心も身体も蝕んでいく。もうここから逃れられないと感じたら、恐怖の大王が降りてきた。

 最後の最後に、もう「どうにでもなれ。狂うなら狂え、どこまでも」と開き直って試みたのが、何と思い切りバカ笑いすることだった。深夜なので布団をかぶって、ともかく大声で目いっぱい笑い続けた(考えてみたら、外から見ればこれも大いなる狂気だよね)。おおよそ30分ばかり大バカ笑いを持続しただろうか? それこそ死に物狂いのどですかドンだった。すると、あらら、摩訶不思議なことに、突然元の普通のリアリティ、現実の意識状態が戻ってきた。あの時の安堵感、喜びは計り知れない。人生最大の喜び、安堵だったような気さえする。何しろ、死の境地に近いと感じ、統合失調症ともいえる狂気の境地を彷徨い舞い戻ってきたのだからね。

後で調べてみたら、この状態は座禅病に近い、変性意識(アルタードステーツ)状態だったのかもしれない。

 一日10時間以上もの座禅をし過ぎると、やはり統合失調症と同じような妄想や幻覚や金縛り状態に陥ることがあると、文献にある。対策として、白隠禅師は足芯呼吸なるものでケアし回復させた。具体的には、足の裏をずっーと意識し続けて、あたかも足の裏から息が入り、足の裏から息が出ていく、いわば足の裏の芯で呼吸するイメージを繰り返すのだ。私はこの方法を知っていたので、もちろん試してみたが、残念ながらあの時の突発的な激烈な発作にはすぐには役に立たなかった。もしかしたら、長く続けていたら効果があったかもしれないが。

 この経験があって以来、どんなことがあっても大丈夫、どんなストレスにも対応できるという自信(自己効力感という)がついた。この自信が実は凄く重要で、どんな事態にもあたふたとせず冷静に対処できる可能性が高まり、余裕ができて、愉快に生きるベースができたのだ。  

次回その2「身体の方が心より賢い」に続く


筆者 大澤 昇 プロフィール

日本産業カウンセラー協会認定シニア産業カウンセラー・臨床心理士。
1971年 早稲田大学卒業、2004年 目白大学大学院修了後、企業内カウンセラーや学生相談室カウンセラー、また大学講師として様々な経歴を持つ。
現場で培った経験を活かし、メンタルヘルス講師や、教育カウンセリング講師、大学の非常勤講師として活躍中。

また数多くの論文・著書を発表しており『やすらぎのスペース・セラピー 心と体の痛みがあなたを成長させる』『心理臨床実習』『トラウマを成長につなげる技術』等の著書がある。

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