額のなかの、絵ではない場所 ── 余白の、はたらき #19
絵を壁に掛けると、絵そのものより先に、まわりの空いた場所が目に入ることがあります。
額の内側に、少し余った縁がある。
布の縁だったり、白い紙の縁だったり。
あれを意識して見ることは、あまりないかもしれません。
けれど、あの場所には理由があります。
額のなかの、絵ではない場所
作品《昼まだき》は、キャンバスに油彩で描かれた、市場の路地の絵です。

額を、外側から順に見ていきます。
黒い枠。四隅に、金色の小さな飾り金具。
その内側に、幅のある、淡い色の縁。
いちばん内側に、金の細い線が一本。
そこでようやく、絵がはじまります。
作品そのものは、横45.5センチ。
額の外側まで入れると、58センチ。
上下左右に、6センチほど。
額のなかに、絵ではない場所が、それだけあることになります。
すきまには、理由があります
紙の作品を額装するときには、作品とガラスのあいだに、マットと呼ばれる厚みのある縁を挟みます。
あれは、作品がガラスに触れないようにするためのものです。
結露したときに、紙が貼りついてしまわないように。
絵具が、ガラスに移ってしまわないように。
見た目のためだけではなく、保存のための作法でもあります。
油彩画は、ガラスやアクリルで覆うこともあれば、そのまま掛けることもあります。
《昼まだき》は、覆いのないほうです。
絵の表面が、そのまま空気に触れています。
この縁は、作品を守るということもありますが、そのためだけに必要だったわけではないのです。
それでも、6センチが空けてあります。
空いている場所と、空けてある場所
空いている場所と、空けてある場所は、見た目が同じでも、はたらきが違います。
片づけ忘れた机の隅と、何も置かないと決めた机の隅。
前者は埋め残しで、後者は選択です。
私たちは、たぶんその違いを見分けています。
額のなかの余白も、壁に掛けるときにまわりを空けることも、誰かがそこに「何も置かない」と決めた結果です。
守るためのすきまではなく、見る人が一拍おくための場所になっている。
だから、静かに見えるのだと思います。
一拍おいてから、路地に入る
作品《昼まだき》には、朝の市場の光が描かれています。
路地に斜めから日がさして、荷物を運ぶ人と、自転車の人がすれ違う。
紫がかった影のなかで、日の当たったところだけが白く抜けています。
金の細い線を越えると、そこから先が路地です。
あの縁の6センチは、こちらとあちらのあいだにある距離です。
その距離があるぶん、路地は少し遠くにあって、こちらは眺める側にいられます。
描いたのは、山本宗平さんです。
静岡に生まれ、十代の終わりに渡米して、サンフランシスコの美術大学で油画を学んだ画家。
「世界は物語で出来ている。」を主題に、日常の何気ない情景や人々の姿を描いてきました。
夜の明けきらない頃を、朝まだきと呼ぶそうです。
朝の終わりきらない時間に、昼まだき。
ふたりのために作った言葉だと、作者は書いています。
すれ違って、声をかけて、それでいつもと変わらない新しい一日がはじまる。
名前のなかったその時間に、名前がついています。
もしこの絵を部屋に掛けたら、朝の光が差し込むたびに、少し遠くの路地を眺める時間が生まれるのかもしれません。
部屋にいながら、そこにはない場所を、ほんの少しだけ思い出す。
そのためにも、絵のまわりには余白が必要なのだと思います。
部屋のどこかに、何も置かないと決めた場所をひとつ。
それはきっと、自分に戻るための場所でもあるのだと思います。
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[作品情報]
《昼まだき》 山本 宗平
カテゴリー:絵画 / エディション:オリジナル
作品サイズ:33.4×45.5×2.0cm(P8)
額装サイズ:46.0×58.0×5.0cm
技法:キャンバスに油彩
価格:308,000円(税込)/送料:3,300円(税込) → Blue Cover にて販売中
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アート作品を扱うBlue Coverによる連載です。
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