絵を壁に掛けると、絵そのものより先に、まわりの空いた場所が目に入ることがあります。

額の内側に、少し余った縁がある。
布の縁だったり、白い紙の縁だったり。

あれを意識して見ることは、あまりないかもしれません。

けれど、あの場所には理由があります。

額のなかの、絵ではない場所

作品《昼まだき》は、キャンバスに油彩で描かれた、市場の路地の絵です。

額を、外側から順に見ていきます。

黒い枠。四隅に、金色の小さな飾り金具。
その内側に、幅のある、淡い色の縁。
いちばん内側に、金の細い線が一本。

そこでようやく、絵がはじまります。

作品そのものは、横45.5センチ。
額の外側まで入れると、58センチ。

上下左右に、6センチほど。

額のなかに、絵ではない場所が、それだけあることになります。

すきまには、理由があります

紙の作品を額装するときには、作品とガラスのあいだに、マットと呼ばれる厚みのある縁を挟みます。

あれは、作品がガラスに触れないようにするためのものです。

結露したときに、紙が貼りついてしまわないように。
絵具が、ガラスに移ってしまわないように。

見た目のためだけではなく、保存のための作法でもあります。

油彩画は、ガラスやアクリルで覆うこともあれば、そのまま掛けることもあります。

《昼まだき》は、覆いのないほうです。
絵の表面が、そのまま空気に触れています。

この縁は、作品を守るということもありますが、そのためだけに必要だったわけではないのです。

それでも、6センチが空けてあります。

空いている場所と、空けてある場所

空いている場所と、空けてある場所は、見た目が同じでも、はたらきが違います。

片づけ忘れた机の隅と、何も置かないと決めた机の隅。

前者は埋め残しで、後者は選択です。

私たちは、たぶんその違いを見分けています。

額のなかの余白も、壁に掛けるときにまわりを空けることも、誰かがそこに「何も置かない」と決めた結果です。

守るためのすきまではなく、見る人が一拍おくための場所になっている。

だから、静かに見えるのだと思います。

一拍おいてから、路地に入る

作品《昼まだき》には、朝の市場の光が描かれています。

路地に斜めから日がさして、荷物を運ぶ人と、自転車の人がすれ違う。

紫がかった影のなかで、日の当たったところだけが白く抜けています。

金の細い線を越えると、そこから先が路地です。

あの縁の6センチは、こちらとあちらのあいだにある距離です。

その距離があるぶん、路地は少し遠くにあって、こちらは眺める側にいられます。

描いたのは、山本宗平さんです。

静岡に生まれ、十代の終わりに渡米して、サンフランシスコの美術大学で油画を学んだ画家。

世界は物語で出来ている。」を主題に、日常の何気ない情景や人々の姿を描いてきました。

夜の明けきらない頃を、朝まだきと呼ぶそうです。

朝の終わりきらない時間に、昼まだき

ふたりのために作った言葉だと、作者は書いています。

すれ違って、声をかけて、それでいつもと変わらない新しい一日がはじまる。

名前のなかったその時間に、名前がついています。

もしこの絵を部屋に掛けたら、朝の光が差し込むたびに、少し遠くの路地を眺める時間が生まれるのかもしれません。

部屋にいながら、そこにはない場所を、ほんの少しだけ思い出す。

そのためにも、絵のまわりには余白が必要なのだと思います。

部屋のどこかに、何も置かないと決めた場所をひとつ。

それはきっと、自分に戻るための場所でもあるのだと思います。

――――――――――

[作品情報]

《昼まだき》 山本 宗平
カテゴリー:絵画 / エディション:オリジナル
作品サイズ:33.4×45.5×2.0cm(P8)
額装サイズ:46.0×58.0×5.0cm
技法:キャンバスに油彩
価格:308,000円(税込)/送料:3,300円(税込) → Blue Cover にて販売中

このブログ「アートとくらす」は、
アート作品を扱うBlue Coverによる連載です。

過去の連載(#1〜)はこちらからご覧いただけます。

関連コンテンツ