北欧の家の写真を見ると、気づくことがあります。

どの部屋にも、必ずといっていいほど、壁に何かが飾られています。

絵画だったり、版画だったり、手作りのタペストリーだったり。

それは、インテリア雑誌に出てくるような特別な家だけの話ではありません。

普通の家に、普通に、アートがある。

なぜ北欧の人々は、生活の中にアートをごく自然に置いてきたのでしょうか。

長い冬と、光への渇望

北欧の冬は長く、暗い。

フィンランドやスウェーデンの北部では、

冬になると太陽が地平線に顔を出すのはほんの数時間だけです。

灰色の空が何週間も続き、昼でも薄暗い日が多い。

その環境の中で、人々が意識的に行ったことがあります。

家の中に、光と色彩を取り込むこと。

明るい色の家具、キャンドル、そして壁のアート。

外の世界が暗く閉ざされるほど、内側の空間を温かく、美しくしようとする。

アートを飾る習慣は、こうした長い歴史の中で育ってきたのだと思います。

それは「豊かだから飾れる」というものではなく、

「暮らしを生きるために必要だった」という感覚に近いのかもしれません。

「ヒュッゲ」と、静かな豊かさ

デンマークには「ヒュッゲ(Hygge)」という言葉があります。

強いて言えば「ただそこにいることの心地よさ」に近いでしょうか。

何かを達成しなくていい、どこかへ向かわなくていい、ただ今いる場所が温かい。そういう感覚です。

ヒュッゲな空間には、共通した要素があります。

柔らかい光、温かい飲み物、そして自分が好きなものに囲まれていること。

アートは、その「自分が好きなもの」として、自然に部屋に置かれています。

北欧の人々にとって、アートは鑑賞するものではなく、 暮らしと一緒にあるものです。

特別な美術品を「飾る」というよりも、

気に入ったものを「そこに置く」という感覚。

版画、ポスター、手刷りの布、自分で作った陶器。

価格や希少性よりも、「自分がそこに感じるものがあるかどうか」が選択基準になっています。

それはとても静かな豊かさの形です。

外に誇示するためではなく、そこで暮らす自分のために、美しいものを置く。

壁が、その家の言葉を語る

北欧の家を訪れた人がよく言うのは、

「その家の人のことが、壁を見るとわかる」ということです。

壁に何を掛けるかは、その人の記憶や感性の表明です。

旅先で出会った版画、好きな作家の小さな絵、子どもが描いた一枚。

それらが並んでいる壁は、その家に暮らす人の「静かな自己紹介」になっています。

アートを飾るとは、自分がどう生きたいかを、静かに宣言することです。

私自身も、部屋に絵を飾ることをずっとためらっていました。

壁に穴を開けることへの抵抗感もあったし、アートは美術館で見るものという感覚もありました。

でも北欧の例を見ていると、そのためらいがすこし溶けていく気がします。

けれど北欧の例を見ると、それは特別なことではなく、

日常の延長線上にあるものだということが伝わってきます。

私も最近、両親の写真を壁にかける、あるアーティストの小さな作品を本棚に飾りました。

それは私なりの敬意の表現であり、それらを見ると落ち着きが生まれるような気がします。

この記事で紹介する作品

そめやまゆみさんの銅版画「つながりの先にあるもの」をご紹介します。

そめやまゆみ「つながりの先にあるもの」銅版画 20.3×20cm

黄色っぽい色を基調とした画面に、青みがかった楕円形が散らばっています。

中央に伸びる白い道。その上に立つ、小さな黒い犬?

道の先には赤い円が浮かんでいる。

物語があるようで、説明がない。

見る人それぞれが、自分の記憶や感覚で読む絵です。

作家のそめやまゆみさんは、こう語っています。

「版の上で手を動かしながら、心地良い色や形を見つけてゆく。

 それは記憶の中を行ったり来たりしながら、

 構築と削除を繰り返し、ゆっくりと出来上がってゆく。」

この言葉は、北欧の「ヒュッゲ」の感覚に近いと感じます。

効率や速さとは無縁の、ゆっくりとした時間の中から生まれてくるもの。

「つながりの先にあるもの」というタイトルは、

行き先を問いながらも、道を歩み続けることの静かな肯定のように聞こえます。

北欧の家の壁に、こういう絵が掛かっていたとしたら。

毎日少しずつ違う何かを見つけながら、暮らしと共にある絵として、

ごく自然に、そこにあり続けるような気がします。

 この記事で紹介した作品

作品名:つながりの先にあるもの

作家名:そめやまゆみ

技法:銅版画(ハーネミューレ紙)

サイズ:20.3×20cm 額装サイズ:40角 エディション:12


このブログ「アートとくらす」は、アート作品を扱うBlue Coverによる連載です。

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