一度掛けたら、もう動かさない ── 見えなくなったあとに、見えてくるもの #20
壁に絵を掛けた日のことを、覚えていますか。
最初の一週間は、よく見ます。
朝、その前を通るたびに目が行きます。
ひと月が経つと、少し減ります。
半年後には、ほとんど見ていません。
掛け替えてもいいのです。
飽きたわけでも、嫌いになったわけでもありません。
それでも、たいていの人は掛け替えません。
動かさないもの
部屋のなかで、この一年まったく動かなかったものを数えてみると、案外あります。
時計。棚。鏡。
そして、窓の外の室外機。
いつからそこにあるのか、誰が位置を決めたのか、たぶんご存じないと思います。
工事のときに、配管の都合で決まったはずです。
置かれてから十年経っていても、おかしくありません。
毎日その前を通っていても、見ることはありません。
絵と室外機は、まるで違うものです。
けれど、一度置かれたら動かない、そのうち見えなくなる。
その二点だけは、同じです。
十年以上、それを撮り続けた人がいます
石田宗一郎さんは、2012年から街中のエアコンの室外機を撮影し、アーカイブしています。
1992年、石川県七尾市の生まれ。能登半島の港町で育ち、いまは東京にお住まいです。
はじめは、室外機の形そのものに惹かれていたそうです。
熱を交換するラジエーター、大きなファン、それを雨風から守る無骨な筐体。
室内機のような、家電らしい意匠はここにはありません。
きわめて実用的なその姿に、現代の「用の美」を見た、とご本人は書いています。
ここまでなら、機械の写真です。
変わったのは、そのあとでした。
何年か続けていくうちに、室外機そのものだけでなく、室外機が置かれている場所のほうが見えてきた、 とおっしゃっています。
軒下の園芸の一部になっているもの。傘立てのかわりに使われているもの。取り付け工事の、その人なりの細やかさ。
人々の暮らしに寄り添って発生した、小さな建築のようなものたち。
そこに、芸術の発想の原点を見た、と。
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同じものを長く見ていると、見ている対象のほうが、いつのまにか広がっていきます。
最初に見ていたものは、もう画面の中心ではありません。
主役が、下のほうに寄っていく
《Outdoor unit Portrait No5》を見ると、そのことがよく分かります。

画面のなかで、室外機はずいぶん下のほうにあります。
上の大部分は、ざらざらした塗り壁です。
夜なのだと思います。壁の上のほうは青く沈み、
右の端に紫がかった赤い光がにじんでいます。
どこから来ている光なのかは、分かりません。
室外機は一台、静かに置かれているだけです。
ホースが一本、上に伸びて曲がっています。
十年見続けた人の写真が、こうなる。
主役だったはずのものが下に寄って、残りは壁になる。
また、見える日のために
壁の絵にも、たぶん同じことが起きています。
見なくなったのではなく、見るものが変わっただけなのだと思います。
はじめは絵そのものを見ていました。
そのうち、絵のまわりが見えるようになります。
壁の色。夕方の光の入り方。隣に置いた本。季節ごとに違う表情。
毎日見なくなったころには、絵はもう「見るもの」ではなく、
部屋にあるものになっているのかもしれません。
だから、掛け替えなくていいのだと思います。
掛け替えなくていい絵というのは、飽きない絵のことではありません。
見えなくなったあとで、ある日ふと、また見えてしまう絵のことです。
この作品は、ご注文をいただいてからお届けまで、四週間ほどかかります。
すぐには来ません。
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[作品情報]
《Outdoor unit Portrait No5》 石田 宗一郎
カテゴリー:写真アート/エディション:10
作品の大きさ:A3判
素材・プリント方法:ファインアート紙、インクジェットプリント
額装サイズ・仕様:縦41cm×横52cm×奥行2.3cm(作品ヨコ状態の場合)/アルミ製、全面板材質、アクリル、吊紐付き
引渡時期:ご注文から4週間ほど
価格:33,000円(税込) 内訳:作品価格(額装込)30,000円(税込)/送料3,000円(税込)
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このブログ「アートとくらす」は、アート作品を扱う Blue Cover による連載です。



