『おとこ の 和菓子』みちくさ〝あん〟ぎゃ #7 羊 羹
『和菓子の日』6月16日 人形町の老舗
6月16日㈫午前10時過ぎ、急増する地域の空き家問題に何か一手はないものかと日本橋の水天宮前にオフィスを構える住まい文化の達人を訪ねた。折しも当日は『和菓子の日』。古来、厄除けと健康招福を祈る日「嘉祥の日」にあやかっての記念日制定なのだという。
打ち合わせ後、達人の案内で人形町ランチを堪能。その後、単独行動。久しぶりの人形町で『和菓子の日』とくれば、やはりあの店と水天宮前交差点へと向かう。「三原堂・本店」だ。
塩せんべいでも人気だが、約150年もの間、和菓子作りの暖簾を守って来た老舗の本店だ。

店先のブルーに白抜きの宣材に惹かれ、迷わず「水ようかん」のショーケースへまっしぐら。
急ぎ帰宅し冷蔵。夕食後、同居人と冷え冷えの水ようかんを戴く。なめらかこしあんのつるんとした舌触りとほど良い甘さ。朝からの暑熱が一瞬で清流の涼に変わる。この清涼感こそ水ようかんだ。戴き物ばかりでなく、こうして能動的に求め、味わいたい。強く思った。
さて、『ようかん』と言えば長期保存が効く『練り羊羹』が主流だが、初夏はやはり「水ようかん」の季節だ。梅雨時の閉口する蒸し暑さも、あの涼味と舌触りで一時忘れられる。
夏の品と思われ勝ちだが、福井県ではむしろ冬にコタツの中でを戴くのが一般的なのだと。冬季に北陸で?と驚くが、あのつるんとした舌触り、そしてのど越し。暖かい部屋でコタツに入ってなど、かなりミスマッチのようだが、何だかちょっとそそられる気もしてくる。
『羊羹』と言えば、赤坂
羊羹と言えば先ずあの和菓子の老舗が挙がる。創業は室町時代とか。「虎屋」だ。京都の地から、維新後江戸東京へ。時代の大変遷にも柔軟に向き合い、今日に続く変わらぬブランドを誇る。老舗中の老舗。和菓子文化の伝統を守り、伝え、未来へ。その存在は欠かせない。
今年も正月から「小型羊羹」の干支パッケージを愛で、手頃な食べ切りサイズを愉しんだ。

江戸時代の作家井原西鶴の17世紀後半の作品にも〝虎屋のようかん〟の記述が出ているという。第十七代黒川光博氏の著書「虎屋 和菓子と歩んだ五百年」新潮新書刊)にあった。
赤坂の虎屋本店には四季折々、季節のギフトやまた涼を求め、暖を求めては、独り訪ねる。
本店ロケーションはR246こと青山通りに面した赤坂の一等地にあり、向かいの豊川稲荷と赤坂御用地の緑を借景にいつも心地好い空間を愉しめる。ゆっくりと和菓子選びができる二階・売り場では毎月の『ねりきり』を覗くのも愉しい。また三階・菓寮も魅惑空間だが、地階にある『虎屋ギャラリー』も折々の特別展などで訪ねるのがこの十年の私の習い性だ。
六月下旬の梅雨寒の中、午後の予定の前にと地階ギャラリー目指し、赤坂本店を訪ねた。
地階「江戸木版画と浮世絵展」、そして 3階「虎屋菓寮」
「ごゆっくりお過ごしください。」コンシェルジュの声を背に、特別展『江戸木版画と浮世絵展』(無料公開中)の案内板に導かれながら、木目美しいらせん階段を下る。


版画や広重らの浮世絵展示に、彫り師、摺師の実演映像が流れ、さらには虎屋を代表する羊羹『夜の梅』の実物展示まであった。鑑賞者は数グループ。熱心な若年層は研究者か。
見終えて、三階菓寮へ。11時のオープン。30席ほどがあっという間。席に座るとすぐ冷たいほうじ茶のおもてなし。わくわく気分でメニューを開く。あんみつやあわぜんざいに「季節の羊羹」も気になった。今日は夏空に白雲の透けるさわやかな一品だとのこと。餡好きは「水ようかん」だ、いやいや、ここはいま観たばっかりの「夜の梅」でしょう。
迷った末、虎屋羊羹の代表、小倉あん『夜の梅』を煎茶とセット(1760円)で注文した。

左手の小ぶりの白いお碗には白湯。中央の小ぶりな白急須、底には煎茶葉。一杯目は白湯を注いでお飲みくださいとのこと。二杯目から右手黒急須の熱湯を注いでどうぞと続く。
まず小椀の白湯を白い急須の茶葉に注ぎ、一分間待つ。そしておもむろに口へ。ぬるいが味わい深い。次いで黒い高急須から白い急須に熱湯を注ぎ、さらに小椀で少しづつ戴く。
これが上質の煎茶の味。ほどよい熱さがのどに心地よい。そしてお待ちかね、主役登場。
厚切りの『夜の梅』を、左側から長楊枝のクロモジで切り分けようとするも、これがなかなか。けっこう力がいるのだ。良質の餡がぎっしり詰まっていて、かなりの弾力性だ。
なかなかの重厚感、そして深い味わい。虎屋羊羹はやっぱりコレ!『夜の梅』で正解だ。
あずきの皮も口福アクセント、5回に分け煎茶と交互に戴く。上品な甘さと見事な調和。
黒急須から白小椀で計6杯も楽しんだ。いつまでも口中に余韻が残る。
ごちそうさまでした。〆て1,760円。ちょっと散財も老舗甘味処の甘美な1時間だった。
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と、ここで前回の続きを思い出した。それを書かなければ消化不良になりかねない。
小説『お菓子の船』(上野 歩 著 講談社文庫)と羊羹秘話
太平洋戦争の末期、戦記にも残る「戦艦と羊羹の秘話」があったという。文庫本で知った。
興味津々で調べ始めると、海軍のアイドル的な船、『間宮』というある給糧艦の存在を知る。
料理や菓子類を船内で調理製造し、他の艦船に届ける「給糧艦」の存在。正直初耳だった。
敗色濃厚の太平洋戦争末期、海軍の兵士たちにとって、甘い羊羹がどれほど渇望だったか。
やがて、次々と撃沈する艦船同様、給糧艦『間宮』もまた海の底に沈んでいったと伝わる。
数年前、NHK『歴史秘話ヒストリア』で放映されたことで史実として世に知られ、それが出版にもなり、間宮の羊羹・秘話『NHK新歴史秘話ヒストリア 歴史にかくされた知られざる物語4 太平洋戦争の記憶』として、さらに知られることになる。
*NHK「歴史秘話ヒストリア」制作班編 金の星社刊)
『お菓子の船』(上野 歩 著 講談社文庫)はこの史実を基に描かれたフィクションだが、といって『小説すばる新人賞』受賞でデビューした上野歩さんの作品だ。三世代が紡ぐ和菓子の物語を、硬くならず、気軽に読める小説に仕立ててくれていて、読み易く大いに楽しめた。
間宮と羊羹の秘話は『海軍めし物語』にもあった。
給糧艦『間宮』の史実は、「海軍めし物語」(高森直史・著 潮書房光人新社NF文庫)にも書かれてある。
海軍のスイーツ事情に触れた中、糧食補給専門艦・特務艦「間宮」(大正後期建造 15,800t)についても記し、どの艦船でも甘い物が人気で「間宮羊羹」は特に喜ばれたとある。
著者の高森氏が2015年にNHKで放送の「歴史秘話ヒストリア」シリーズ〝戦地にお菓子がやってきた〟にも協力したことが記され、抜すいだが、こんなことも書き添えてあった。
・特務艦「間宮」は1944年12月21日、マニラ沖で米潜水艦の雷撃で海底に沈む
・連合艦隊司令長官山本五十六も大の甘党だった
・海軍は早い時期(明治期)から将兵へ甘味品を支給していた などなど
夏は「水ようかん」の旬の季節だが、秋は「栗蒸し羊羹」と「栗羊羹」の旬の季節となる。
餡と砂糖を寒天で固めた「栗羊羹」と寒天を使わず生地を蒸して仕上げる「栗蒸し羊羹」ではどうやら栗蒸し羊羹の方が先に生まれたと聞く。常温で長持ちの進化系が「栗羊羹」か。
もう半年経過の暦にふと寂しさを覚えたりのこの頃だが、秋も、深まる秋もまた楽しめる!
でもその前に、まずは今の季節をしっかり楽しもう。
雨の中、神保町・駿河台下
七月初旬の午後、雨の中、御菓子処「ささま」に寄る。神田神保町、駿河台下にて1929年に創業。1934年からは生和菓子など茶道の和菓子専門店として知られ、愛され続けている。

松葉最中でも知られる店だが今日は迷わず〝水ようかん〟。さてさて、ささまの味はどうか?近くの喫茶店奥でそっと隠れるようにして戴く。冷たいのど越し、つるり、しばし涼に浸る。そして、一寸だけ濃厚。その分、味わい深く余韻がつづく。水ようかんも奥が深い。
梅雨時には熱燗だ!とは酒好きの仲間の弁だが、あん好きには梅雨時は水ようかんだ!と、
今年になって、この年になって、初めて水ようかんに開眼したような、そんな気分になった。
これが『日日是好日』か。梅雨時もまた、楽し。鬱陶しい日々も、また美味し。と。独り。
(つづく)
庵 日和(いおり びより)
編集者 裏まち裏通り旅人(りょにん)
北国の小さな城下町生まれ。
ラジオ・テレビ、WEBサイト等で
企画・制作・広報PRを手掛ける。
歩く・見る・浸かる・食べるを趣味 に、小さな物語を採集、編集。



