最近はぶらり和菓子旅を始めているよと話すと、何人かの女性たちから「それなら『くず餅』もぜひともね!」と強力なリクエストを頂戴した。なぜにそこまで、という推しだった。
日々体重を気になさる彼女たちがどうして〝餅〟の付く「くず餅」だけは〝特別〟なのか? 

それがちょっとナゾだった。といっても、奈良など本葛粉使用の『葛餅』とはだいぶ異なる。東日本の〝くずもち・久寿餅・くず餅〟文化のことだ。ご覧のように表記から異なっている。

 関東で〝くず餅〟と言えば、まず挙げられるのが『船橋屋』。原料はグルテンを取り除いた小麦粉を450日間じっくりと乳酸菌発酵させて使用。カロリー控えめのヘルシー食品だ。船橋屋が元祖という製法で、220年もの歴史だともある。亀戸に本店を置く老舗中の老舗だ。たいがいのデパートに売り場もあるが、ぶらり食べ歩きの旅、先ずは亀戸本店をめざす。

くず餅行脚 その⑴ いざ!亀戸 ~ 創業220年の本店へ。

 JR亀戸駅から徒歩約10分。亀戸天神社そばにあり、戦災を免れた建物も興趣をそそる。快天だが、八月末のまだ残暑下、喘ぎながら船橋屋本店に辿り着いた。久しぶりだった。

大きく張り出した藤棚が陽射しを遮断、お客はここで、しばし息を整える。小粋な堀池では金魚がお出迎えだ。店名を染め抜いた白地の大のれんが風に舞い、目を凝らすと左隅には『英治』とサインが読める。「宮本武蔵」を始め、数々のベストセラーで知られる昭和の国民的作家、吉川英治直筆のサインだと聞く。なぜか武者震いがするのは、その所為なのか。

 外で待つこと約10分、ようやく店内へ。正面の売り場で注文すると、右手の飲食席へと案内される。高い天井の下、年季の入ったテーブル席がゆったりと配され、老舗のゆとりが感じられる。午前11時半、そろそろランチタイムだが、もちろん〝くず餅〟が優先だ。

 ほどなく『豆くず餅』(税込990円)が到着。赤インゲン豆をトッピングの奮発の一品。
台形に切り分けた8切れほどの大ぶりのくず餅の上にはたっぷりのきな粉。さらに、赤いんげん豆のナント際立つ存在感か。ちょっとした贅沢感。のども胃袋も待ちきれない!

なんと言ってもくず餅の安定感。固すぎず。柔らか過ぎず、見事な食感だ。そこにきな粉と黒蜜が絶妙に絡まり、口中でなんと至福の波。これはゼッタイに食べ飽きない。確信。

味はもちろん、吟味した素材に植物性乳酸菌発酵の匠みと老舗本店のゆとりが醸す時間。
大満足で店を後にした。

 あらためてだが、関東の〝くず餅〟は、音読では同じでも「本葛」使用とは全く別物だ。
江戸の人々の言葉文化や遊び心からか。「梅干飴」といっても梅干しは使っておらず。馬肉鍋は「桜鍋」と命名したり、、、
江戸文化が創り、育て、守って来た関東のくず餅。意外や男性ファンも少なくないと知る。
ほど良い甘みの上品な旨さに加えて、何と健康にまで良いとなると、確かに推しも頷ける。

 亀戸天神さまからの絶景、また絶品
 上機嫌の帰り路、もちろん天神様に参詣した。大鳥居をくぐり、太鼓橋を登ると、本殿を正面奥に見ながら仰ぐ青空の先、西北の方角にTOKYOスカイツリーの立ち姿が望めた。これまた絶景、絶品だった。 

くず餅行脚 その⑵ いざ!池上へ ~本門寺さんの門前町へ

 関東圏くず餅発祥の地は他にも名が挙がる。都内の南部に位置する大田区の一画。池上だ。
日蓮宗の大本山の一つで、名刹・池上本門寺の門前も〝くず餅の聖地〟として知られて来た。
かつて、会社関係や知人の葬儀などで何度も足を運んだ寺院だが、梅の名所としてもよく知られ、幾度か、地元知人の誘いで梅園を訪れた際に、くず餅を堪能したことを思い出した。

今回は老境の気ままな漫遊。九月の雨天続きの中、東急池上駅から本門寺門前へと向かう。

午後1時過ぎ、正門前に到着。先ずランチ・セットメニューがある『元祖 池田屋』を覗く。

1. 本門寺門前の『元祖 久寿餅 池田屋』へ

 広い売り場の先、奥まった場所にテーブル席が並ぶ。とにかく気軽に入れるのが好い。店主と思しき男性と女性店員がお茶や膳をのんびり運んでくる。〝まったり時間〟だ。

おでんセット@1250円は、大根と糸こんにゃくと揚げ物三種(さつま、ちくわ、ごぼう)。
おでんの具で小腹を満たすと、いよいよ主役の番だ。お碗に盛られた久寿餅。もちっとして柔らかいのがこの店の特徴だとか。固めのくず餅派としてはやや物足りない気もするが、
何よりうれしいのが、お茶の急須と黒ミツ容器の驚く大サイズ。ご自由にどうぞ!の表記もステキだ。このまったり感と大らかさ。つい黒蜜を、何度も何度も。お茶も何杯も、何杯も。

甘さタップリの効果はテキメン。確かに元気が湧いてきた気がした。いざ!本門寺参詣へ。

急峻な石段が待ち構えるがくず餅パワーが効いた。96段も元気な足取りでスイスイ行けた。

2. 参道商店街の『浅野屋本舗』へ

 参拝後、池上駅前へ向かう。参道商店街の途中にある「浅野屋本舗」。〝小店〟だが改装され明るい設え。店内はテーブル席が4卓と小上がり座敷もか。こちらも独自製法にこだわる。若者たちに人気の店だとも聞いた。1752年創業以来との記載もある。こちらも長い。

 若い店主の丁寧なもてなし。注文してから少し時間がかかったが、厨房からの小気味よい作業音はかなり丁寧な仕事の証。ワクワク。そうしてお待ちかねの「くずもち」が到着した。
計6枚で600円。固さしっかりのくずもちはきな粉も黒蜜も多過ぎず程よい量できっちり。
若い層に人気の店だとも聞いた。池上駅からほど近いだけではないハズ。シンプルさ、か。

さて、夕方の用事までまだ時間がある。池上の人気くず餅店、あともう一軒チャレンジだ。 

ただ、池上地域最古のくず餅店舗、池上駅前すぐの『浅野屋葛餅店』が閉めたことをごく最近知った。長年、池上くず餅文化を牽引した店だったが。残念。(「浅野屋本舗」は別場所)

(最近閉じた『浅野屋葛餅店』)

3. トリは 正門前『藤乃屋』へ

 では、トリはあの店だと「門前通り」を速足Uターン。二軒目のくず餅パワーが効いているだけでもないのかも。もうすっかりハマったのかも。目指すは本門寺門前の「藤乃屋」。
かつて池上のくず餅文化を牽引した店の一つ、「相模屋」の味を今日に継いでいると聞く。

ガラス戸越しに外から〝くず餅づくり〟が見える店。このエリアでは藤乃屋だけらしい。

中に入ると、壁にもメニュー表にも「くず餅 600円」の単品表記のみ。まことに潔よい。

大ぶりな三角形が計8切れ。たっぷりだ。ココはくず餅の固さといい、きな粉と黒蜜のバランスといい、とても滑らかで味わい深く、今日一番口に合った。そう伝えると年配の店主の表情が崩れた。見た目も、応対も実に気さくな店主。問わず語りに話してくれる。 

「60年前に姉が始めた店で、その姉を継いでいまは弟の自分が」と。知り合いの似顔絵師が書いてくれたという姉弟の、少しクスんではいるが愛嬌のある色紙が、壁に貼ってあった。   

「もう30年か40年前になりますかねぇ、医師で人気タレントだったドクトルチエコさんが、くず餅は身体にいいです!と仰ったことから一大ブームとなって、この辺りも大賑わいでしたよ」と、当時の盛況ぶりを懐かしむ。「もともと発酵食品だから、ですけどね。そうそう、あの力道山さんが本門寺さんのすぐ近くに住んでいて、ご夫人がよく注文に来られ、姉がお宅にお届けに上がったとも言ってましたよ」、興味津々。店主の独り語りが続く。

 勘定を済ませた出がけにも、店主がまた話してくれた。

「昔からのくず餅の土地というと、船橋屋さんの亀戸、川崎大師さん、そしてココ、池上。
でも、池上駅前の浅野屋さん、ココで一番古い店だったんですけどね。後継者がおらず、、とうとう閉めちゃいましたよ。くず餅づくりはかなり重たいから、、ちょっとむずかしいんでしょうね」とも。私には伝統の重みもだったのかな、とも。

「ココだけでなく、川崎大師さんのところもずいぶん減ったようで、昔は12軒ほどもあったのに、いまはココと同じで何軒かだけになったとかって聞きますね」と店主、しみじみ。

店を出て、門前からもう一度、本門寺さんをふり仰いだ。
この寺にはかつて、会社関係や親しい知人の幾人も送りに来たものだった。
さっきスイスイ登った96段を、黒い服装で上った日も幾度か。暑い日だったり、真冬だったり、、

 再び池上駅までの帰り道、「本門寺通り」のシンボル・三角屋根の先に見える駅ビルは、新しく、大きく、オシャレになった。ココは池上本門寺〝門前町〟から、都心にもそう遠くない、人気の東急沿線の〝便利なまち〟になっていたことを、あらためて教えられた。

駅ビルのエスカレーターを上りながら、3軒も食べ歩きしたというのにお腹が張ってはいないことに気づく。そうか、これが発酵食品のチカラなのか。そこが女性に人気の源なのか、反すうしながら、名残りを引きずりながら改札を抜けて、ホームに駆け込んだ。

無添加でヘルシーで、味わい深く、もちろん甘くて元気づけられる伝統食品の〝くず餅〟。
 気ままな食べ歩きの一日だったが、ちょっとだけ考えさせられた一日でもあった。

 東京・下町、亀戸天神社の門前町・亀戸、また、日蓮宗大本山の門前町から若い暮らしの街に変わりつつある池上界隈、2つの門前町を訪ね歩き、伝統の〝くず餅〟を味わいながら、
この先もどうか長く、長く、作り続けてくださいと念じた。また来たい、また来ようと。

もう一つの「くず餅」の聖地、川崎大師門前町もまた、200年近い歴史があるという。
今回、足を延ばさなかったが、『久寿餅』表記が多いと聞いた。この年齢だ、縁起も良い!!
〝わらび餅〟の名店もあると聞いている。

ゆっくり、じっくり界隈を歩きたい、そんな道草スタイルの我流『おとこの 和菓子旅』。
川崎大師門前町はきっと、早春の陽光が似つかわしいかな、と。

(つづく)

庵 日和(いおり びより)

編集者 裏まち裏通り旅人(りょにん)
北国の小さな城下町生まれ。
ラジオ・テレビ、WEBサイト等で
企画・制作・広報PRを手掛ける。
歩く・見る・浸かる・食べるを趣味
に、小さな物語を採集、編集。

関連コンテンツ