美術裏散歩20 女性工芸作家(ガラス、陶磁、刺繍、漆)の活躍
まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険
渋谷ヒカリエホールで「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」展を見た。
岡上淑子(98才)を最長老に、30名の女性写真家による展覧会だ。

1950年代から今日まで、重要な役割を果たしてきた女性写真家に光を当てた書籍「I’ So Happy You Are Here」が英仏2カ国語で刊行。
刊行記念の展覧会は、フランス・アルル国際写真祭を皮切りに14万人を動員し、世界巡回を続けている。 その凱旋記念展とか。

写真の他、インスタレーション、コラージュ、映像など200点が一同に集結。
女性ならではの感性とパワーが会場にあふれる「こころドキドキ、あたまクラクラ」の茫然としたひと時であった。
女性工芸作家の活躍
野田朗子 ガラス
工芸の世界でも、女性の活躍が目につく。
2024年、日本橋のギャラリー巡りをしていた時のことである。
現代美術・不忍画廊の帰り、いつも通り過ぎていた古美術の老舗・壺中居のウインドーを何気なしに覗いて驚いた。大きな蓮の花が咲いているではないか。

色彩が素晴らしい、白にほんのりピンクがかっている。しかも、それが光をまとっている。
この世とは思えない佇まいだった。思わずドアーを開けた。
様々な蓮の花が、3階ギャラリーから2階展示室まで咲いていた。

蓮の花の花言葉は「清心」、心洗われる思いだった。
作家在廊で、しばし、ガラス談義に興じた。(サントリー美術館はエミール・ガレ、薩摩切子など古今東西のガラスコレクションに秀でている)
野田朗子は、1976? 京都生、同志社大大学院、東京芸大大学院修了。
野田は変わり種だ。同志社を出た後、某有名新聞社と広告会社に勤務。
その後、芸大大学院でガラス造形を学び、ガラス工芸作家に転じた。
生年も元・勤務先も明らかにしていない。
野田朗子の案内状を紹介する。決意と覚悟のこもった文章だ。
「5月16日から東京日本橋の老舗壺中居で個展を開催します。東京では過去最大の展覧会になります。壺中居さんは今年ちょうど創業100年を迎えます。かっては岸田劉生、柳宗悦、北大路魯山人といった文化人が集いました。この歴史ある場で100周年という記念すべき年に個展を開催させていただくことに深く感謝し、これまで人間国宝の先生方をはじめ著名な作家諸先輩方が展覧会を開いてこられたギャラリーで展示できる機会に光栄であり、身が引き締まる思いで、2年間準備して参りました。是非ご高覧いただけましたら幸いです。(2024年5月)
2006年、大丸ギャラリーでの展覧会では
「誕生から死へと向かう一方向の限られた時間。そして輪廻する永遠の時間。この2つの時間軸の中で生物として人も動物も植物も、一瞬一瞬を積み重ねて生きている。ガラスはその一瞬を永遠に残すことが出来る。透明なガラスは、まるで心の中のように、時に鋭くて丸く、強くて脆い。そして光と影をまとう。ガラスの持つ二面性は、人生のあらゆる物事の二面性に通じている。日々の自然のうつろいを心のうつろいに重ねて、いつかの記憶と夢をよびおこす。心のうつろいの一瞬をガラスに刻んで、形ある言葉にしたい」
と語っている。宗教的ですらある。
ガレとジャポニスム
2008年サントリー美術館で「ガレとジャポニスム」の展覧会をした。
ガレのふるさとフランス・ナンシー、若かりし頃、ガラスの修行に通っていたドイツ国境の村マイゼンタール、パリ装飾美術館から作品を借りた。
担当は、ガラス専門の学芸員・土田ルリ子。ルリとはガラスこと。
まるで、ガラスの申し子のようだ。
ちなみに、今は、富山市ガラス美術館の館長を努めている。
当時、私は副館長。(館長は佐治信忠・サントリー社長)
出品交渉をいいことに、フランスに同行した。展覧会開催は、作品所蔵のきっかけにもなる。
これを契機に名品「脚付杯・蜻蛉」をニューヨークのギャラリーから購入した。

展覧会は、質・量ともに充実し、評判を呼んだ。
土田は、翌年、公益財団法人・西洋美術振興財団賞を受賞し、ガレだけでなく全てのガラス工芸専門の学芸員としての地歩を確かなものにした。
そんな事もあっての、野田とのガラス談義でもあった。
3人の女性工芸作家
野田明子の他、最近気になった作家3人を紹介しよう。
陶磁の新宮さやか、刺繍の蝸牛あや、漆の水口咲だ。
いずれも40代後半から50代前半で、旺盛な作家活動をしている。
新宮さやかは、野田と同じ「壺中居」(2026)で、蝸牛あやは「銀座SIX」と「メグミ・オギタギャラリー」(2025 2026)で水口咲は、三越の伝統工芸展で、度々目にしている。いずれも私の「推し」の作家だ。
新宮さやか 陶磁
新宮さやか(1979大阪、大阪芸大卒)は、花や植物の精妙なフォルムをつくり、ディテールまで一体となって焼く。

黒銀彩を使い、花を単なる美しさではなく、朽ちゆく美・儚さとして表現している。
その繊細で有機的な表現は、哲学的ですらある。

陶磁の花は、壺中居の古美術空間で、存在感をはなっていた。
蝸牛あや 刺繍
蝸牛あや(1978兵庫県、多摩美大・彫刻卒)は、トルコの民族的刺繍や飛鳥時代の天寿国繍帳に触れたことがきっかけで、刺繍表現の研究に入った。

自然素材の特性と光学理論に基き、身近な素材をモチーフにした蝸牛ならではの「糸で描く物語」を紡いでいる。刺繍を超えた美術品だ。

明治の初期に、刺繍作品がたくさん作られ、輸出された。京都・清水三年坂美術館の故・村田理如館長が中心になって里帰りさせた。いずれも精緻を極めた大型作品だ。

蝸牛の作品は、小さくてもテーマやエッセンスが凝縮されており、負けていない。
水口咲 漆
最後に漆芸の水口咲(1974 東京都立工芸高デザイン科を経て輪島漆芸研究所修了)
人間国宝・小森邦衛に師事。乾漆技法を継承。石膏などで型を作り、麻布に漆を何層にも重ねて成形する。軽量で自由で柔らかな造形。伝統工芸展で、朝日新聞社賞(2015)NHK会長賞(2021)など度々入賞。
2025年、51才の若さで、紫綬褒章受章。
派手な蒔絵装飾よりも、漆そのものの質感や柔らかな曲面、穏やかな色彩・形態で、静かで詩情あふれる美しさを表現している。何度か、三越の伝統工芸展で目の当たりにしたが、その度に、ゆったり・ふくよかな気分にさせてくれた。

「饒舌の無、寡黙の有」という言葉があるが、水口の作品は「寡黙の有」そのもの。
人間国宝の道は、そう遠くない。
大坂弘道 先人に習う
練馬区立美術館時代、近くに人間国宝の木工芸作家大坂弘道(1937-2020)が住んでいた。マンションの一室にアトリエがあった。
鳥取県出身、東京学芸大学卒。長年に渡って、中学の美術教師を務めながら、制作していた。
師は、氷見晃堂、竹内碧外というが、独自の木工芸の作風を極めた。
作品は全英博物館にも収蔵されている。宮内庁から正倉院御物の復元を依頼され成功する。

練馬区立美術館で開催した展覧会には、全国から木工芸の研究者、作家、愛好家が来館し、作品と作風を賞賛した。大坂は、「作家は、身近な師匠もいいが、もっと、歴史上の先人に習わなくちゃいけない。そうすることによって、唯一無二の地平が切り開かれてくる」と言っている。
その点、蝸牛あやの「天寿国繍帳」でのスタートは賞賛に値する。
新進気鋭の女性作家の誕生を期待する。
そして、近い将来、50人の女性作家展が開かれんことを・・・。
(敬称略)
– 筆者 若林 覚 プロフィール –
アートプロデューサー。元サントリー宣伝事業部長、文化事業部長、サン・アド社長。
サントリー美術館副館長・支配人を経て練馬区立美術館館長。
著書に「私の美術漫歩 広告からアートへ、民から官へ」(生活の友社)
共著に「ビジネス感性の時代」(講談社)など。
(2026.7.14 若林覚)



